2005年01月01日

スマトラ地震復興支援

amazon.comを通じて赤十字に寄付できるのを発見。
amazon.co.jpのサイトに入り口があるが、実態としては米国のamazonの仕組みを使ってるようで、amazon.comのアカウントを持ってないとダメ。しかし逆にアカウントを持ってると、「これでいいのか?」と不安になってしまうぐらい簡単に寄付ができる。行き先はちゃんと日本の赤十字の模様。
「寄付ぐらいしてもいいが、どうしたらいいかよくわからんし、めんどくさいのはいやだ」という人にはお薦めしておく。
posted by しんかい at 18:36| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月23日

マーライオン

Merlion 1

シンガポール渡航は二度目。いずれも仕事での渡航なので充分な観光をしているわけでもないが、しかしなんとか時間を探して今回はもっぱらウォーターフロントを散策。
シンガポールと言えば、どういうわけか、マーライオンである。いったいこれのどこがそんなに名物なのかがよくわからないが、まあとにかく一度は見ておかねばなるまい。と言いつつ今回の貴重な自由時間の中で期せずして二度も見に行ってしまったわけだが。
かつては「世界三大がっかり」のひとつだと言われたマーライオン。
今は場所が移転されて、以前はきちんと記念写真に収めることも難しかったのが、今はちゃんと記念撮影用のデッキが海に伸びていて、ライトアップされたビジネス街のビル群を背景にマーライオンが撮影できる。そもそもなぜシンガポール=マーライオンなのか?というのはこのあたりを見てもあまり明確なことは書いてない。シンガポールのシンガとは獅子、マーとは海、なのでシンガポールを象徴するのだ、という説明はそれはそれで明快だが、アレがこれほどまでに有名な観光スポットになっている理由にはならない。
ま、なんというか、マーライオン単体では別にどうということもないのだが、綺麗に開発され、整備されたウォーターフロント、南国の温かくて開放的な空気の中で散策するカップルたち、背景には美しく整然と立ち並ぶ高層ビル群。という、周囲をとりまくシチュエーションが、なんともベタな観光気分にさせてくれる、と現物を見て一応納得しておいた。

Merlion 2

こっちはMarina湾を隔てた反対岸から撮ったもので、左隅の白いのがマーライオン。右側のきらびやかな建物はFullertonホテル。
posted by しんかい at 20:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月19日

シンガポール紀行

Singapore View

土曜日にシンガポールから帰国。
今回は、ここ数ヶ月ずっと忙しく準備してきたことの総決算的な国際会議ということで、現地でも慌ただしく走り回っていた。今までこの仕事関連ではひとりで出張することが多かったので、同僚数人、更には関係する日本人が何十人も揃って海外に行くという、海外出張に慣れた自分にとっても新鮮な経験だった。

まずは自分の備忘録として、6日間をざっと振り返っておこう。
12日(日)出社して最後の準備。翌朝早いので8時頃には帰るつもりがとんでもなく、結局深夜2時までかかった。まだまったく旅行の準備もできてなかったので、寝たのは4時頃だったか。
13日(月)6時起きで成田へ向かい、海外出張はおろか旅行に出るのさえ初めてという同僚と落ち合う。11時台の、ピークを過ぎた時間帯のフライトだったので特に待たされることもなく、順調に出発。
定刻よりやや遅れてシンガポール着。もう夕方ということもあってそんなにうだるほど暑いわけでもない。天気も悪くない。ゆっくりする間もなく、一緒に事務方を務める組織の人たち(日本人)との顔合わせを兼ねてディナーへ。中華を食って、マーライオンなんかを見物しながらホテルへゆっくり帰ってこの日は平和に終わる。
14日(火)午前中は余裕がありそうだった、というかスケジュールを考えるとこの時間しか日中に出歩くチャンスはなさそうだったので、買い物スポットを探してホテルの近所を散策。暑い!さすがに太陽が照りつける日中は前日の夕方とは比較にならない。どうもシンガポールの店の開店は遅く、しかも今回宿泊したPanPacificの周辺は妙に工事中の建物が多く、10時台にうろうろしても開いていない店ばかり。でも途中で立ち寄った海辺からの、対岸のビジネス街+マーライオンはなかなか壮観だった。
結局ホテルにいったん戻って反対側の、シンガポールでも最大級というSuntecモールへ。ここでもまだ開いてない店が多いので軽く様子を見てホテルに戻り、仕事モードに切り替え。
夜はシンガポールの人にChili Crabを食いに連れていってもらった。しかしホテルに帰ってからも準備作業を続行、結局夜中まで働いた。
15日(水)6時半起き。国際会合初日。いくつかのグループに分かれてそれぞれのグループの会議が平行して進められるので、同行した同僚がみんなそれぞれのグループにつき、一人でその場を仕切らないといけなくなる。この日は本当に慌ただしか
夜はレセプション・パーティ。その後、我々よりも一日遅れて現地入りし、まだマーライオンを見ていない同僚からマーライオンまで案内しろと言われて再びマーライオンへ。その後ホテル周辺をさんざんさまよい、近所のバーで12時まで飲む。この日も、それほどハードワークではないが、やっぱり戻ってから翌日の準備をしてから就寝。職場と宿が近すぎるのもなあ。
16日(木)また6時半起き。自分にとってはこの日のイベントが正念場。いやーしかし忙しい忙しい。朝飯も昼飯も食う間もなく、文字通り走り回ってなんとか一日を乗り切る。
夜はまたもレセプション。さすがに走り回ってる様子を見ていた人たちが色々声をかけてくれる。その後シンガポールの人がカラオケに連れ出してくれて、またまた12時まで遊び歩いた。
17日(金)会議の最終日。午前中は今までに比べるとかなり余裕をもって過ごして、無事にすべてが完了。午後は地元組織が企画した、現地組織の見学ツアー(観光ではなく仕事がらみ)に参加して、夕方になってようやくフリー。
14日からずっと目をつけていたんだけど行く暇のなかったカルフールへ。2フロアをくまなく見て、Suntecのショッピングモールをうろうろしているうちに何時間も過ごしてしまい、結局セントーサ島に行くプランやオーチャード・ロードに繰り出すプランも時間切れで諦め、近場のベトナム料理屋でフォーを食って終了。
...と思ったら日本へ送り返す荷物の手配でトラブル。結局深夜3時までホテルのスタッフを巻き込んで最後までドタバタ。結局睡眠時間は1時間半。
18日(金)5時起きで空港へ。空港で少しゆったりと最後の買い物をして、飛行機ではワインの小ビンを2本飲んで爆睡。せっかく映画プログラムが充実してたのに「コラテラル」も「ターミナル」も途中まで見かけて眠ってしまった。
東京には定刻より早く到着。同僚と一緒にリムジンバスで池袋まで。これがまたディズニーランド渋滞やら何やらで2時間以上の長旅になってしまった。が、まあ何やかんやで仕事のほうは巧く行ったし、バタバタする中でも同僚ともいい信頼関係を築けたし、全体的にはいい出張だった。
明日以降は写真を交えて、印象に残ったことを色々と。
posted by しんかい at 23:39| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月21日

四川料理 in 北京

Niku Nikomi Aona Miso

日本で中華料理屋に行く場合、たいていの場合は「定食」以外は注文しない。単品もメニューにたくさん載っていて、それぞれに魅力的なのだが、一品1000円とかする。ちょっと、普段の食事で食えるような代物ではない。
でもやっぱり本場。北京で食うと、一品10〜30元ぐらいが多い。1元が13円ぐらいなので、ちょっと高めのものでも300円。普通は100円台だ。だから遠慮せずにばんばん注文できる。もちろんそれは現地人向けの店の値段であって、ホテルの店なんかだと日本とあまり変わらないのだが。
今回の北京訪問でいちばんおしいかったのは四川料理屋。北京で四川料理ってのは実は本場のようで本場ではないが、そこはやっぱり首都。東京にはあらゆる地方出身の人がいるのと同じように、北京には中国のあらゆる地方から人が集まっている。特に中国の場合は東海岸の大都市とそれ以外との経済格差が大きいことから、地方から出稼ぎ的に出て来ている人は非常に多い。だから、四川料理屋は、本場・四川省の人間がやってると思ってほとんど間違いないらしい。おまけにそういう店は、その地方から出てくる出稼ぎ労働者の受け入れ口になっているので、店員までいちいちみんな四川出身者だったりする。
中国南部に位置する四川。まあ、言ってみれば、東南アジアに近い地域。なので、その料理は、辛い。代表的なのは麻婆豆腐だろう。今回とくにおいしかったのは、牛肉を辛いスープでやわらかく煮込んだものと、青菜の味噌あえ。どっちも正式な料理の名前はわかんない。前者は肉がとろけるぐらいにまでやわらかく煮込んであって、スープは油ギトギト。唐辛子たっぷりで辛く味付けされたスープには更にニンニクが大量に加えられ、めちゃめちゃ濃い一品だが、これはもうご飯が進みまくる逸品。日本ではお目にかかったことがないが、きっとウケると思う。
後者は、ちんげん菜のような野菜に、濃いめの味噌タレをからめたもの。
とにかく中華料理はシンプル。多くの料理は、素材を炒めただけのもの。それがこれだけ美味いのは、素材の組み合わせの妙によるところが大きい。中国4000年の歴史とか言うが、まあ4000年は大げさにしても、長い間の経験から素材と素材の、そして調味料とのベストの組み合わせが編み出され、料理として確立してきた。
相当油っこいので毎日食ってると健康に影響しそうだが、でも食い飽きるということはなさそうだ。
posted by しんかい at 01:27| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月20日

フォスターペアレント

フォスターペアレントになることにした。
以前からその存在は知っていたが、何をどうすれば良いのかわからなかった。最近電車の広告で時々見かけるようになったので、ようやくウェブサイトを覗いてみた(http://www.plan-japan.org/。どうしてもっと直感的にわかるURLにしないんだろう)

やっぱり、ここ1年ぐらい、仕事でアジアのあちこちに行って、決して豊かではない彼らの生活の様子を目の当たりにしてきているので、支援するのにも、相手の実情がわかるというか、イメージがわかるというか。
これまで訪ねたアジアの国の中でだんとつのお気に入りはタイなのだが、世間一般レベルでタイに男独りで通うというのは、あの自由でいいかげんな雰囲気に魅せられたバックパッカーか、買春目的、と考えられてしまうとう悲しい現実がある。
確かに、一部はかなり裕福になってきてはいるものの、バンコク市外などはやはり依然生活レベルは低く、生活のために売春せざるを得ない人々がいるのは事実だ。だから、フォスターペアレントの申し込みにあたっても、タイ人の女の子を指定した。私が毎月ほんの何千円かを支援するだけで、一人の人間がマトモな人生を送れるのなら、安いもんである。やっぱり行ったこともない遠いアフリカの国よりは、実際に自分がその土を踏み、その地に育ったものを食い、その地の人たちを言葉を交わしてきた国のほうが具体的なイメージがわくし、彼らにとって月に数千円という金額が決して小さなものではないこともよくわかっている。
ある種の自己満足なのかもしれないが、自己満足しつつ人助けもできるんなら別にいいじゃん。ね。

寄付とかボランティアって人にペラペラしゃべったりせずに、黙って、そっと黙々と続けるのが日本人的には美徳だと考えられてる気がするのだが、私はこうやって人に紹介して、「気づき」を促したい。今までなんとなく興味はあったけど、別に何も具体的なことをせずにいた、という人も何百人に一人かはきっといて、その人は上のURLをクリックするだけで、具体的な情報にたどり着けるわけで。
何にも人に押し付ける気はない。人はそれぞれ自分の頭で考え、自分の考えに従い、自分が正しいと思うことをすべきだと思う。だからこの件も、私は「おすすめ」はしない。紹介だけ、しておく。
posted by しんかい at 15:01| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(1) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

北京 その1

北京からの帰りの飛行機で途中まで書いたのでいったんアップしておきます。




いやいやしかし慌ただしかった。って私の出張はいつもこんなもんですが。
17日夕方に現地入り。この日は実質飯食っただけで終わり。夜は容赦なく日本から仕事のメールが舞い込み、結局深夜2時まで資料作りという、馬鹿な目にあった。

18日。中国政府を訪問し、これまでメールでご連絡してきたがあまり巧く伝わっていなかった件についてご説明し、ご了解いただき、実際に動いていただける人物を紹介していただき、実際にその人にお会いし、また主旨等ご説明し、ご了解をいただく。ここまでを、1日で済まさなければいけない。もう本当にイチかバチかの賭けのようなもんだが、さすがに政府の人はこれまでにも面識があることもあり、割とすんなりOKしてくれ、その場でほうぼうに電話をかけまくって適任者を紹介してくれた。

当日昼すぎに無理矢理アポを入れてもらい、紹介してもらった大学へ。
なにしろ12億人を抱える国なので、色んなところが地方政府ー中央政府の二重構造になっている中国。今回訪問したのは、各地方にある同種の大学を中央で束ねる、中国の中枢となる機関だ。
政府の人が直接紹介してくれたのは国際協力担当の人だったのだが、大学に行ってみるとその人以下5人ぐらいが待機しており、なんと大学の副校長先生までもが。
よく、政府の偉い人なんかが会談する部屋は、部屋の壁沿いにソファがいくつか並べられていて、まんなかにテーブルが置いてなかったりする。資料を広げたりメモをとったりというセコい会議ではなく、「会話」をするための会議室。そういう部屋に副校長先生と通されると、さすがにちょっと緊張。
副校長先生は朗々と学校の取り組みについて紹介し、こちらからも主旨を説明。そして副校長先生の「よろしい。あとは○○さんと詳細を話しなさい」の一言で交渉成立。にこやかに握手を交わし、部屋を去る副校長先生。いやー見た目はフツーのおじさんだが、なんかカッコいいなあ。

その後彼らの取り組みについてプレゼンを受けたり、こっちの要望の詳細を話したり。e-Learning教材の開発現場を何度か見せてもらっているが、中国のそういう現場は、とにかく若い人が多い。ほとんど全員が20代だろう。彼らが一人一人ゆったりとした作業スペースを与えられ、黙々と作業する姿は凛々しい。どういう事情なのかわからないが、日本では「ソフト開発」の現場といえばかならず分厚いドキュメントが存在し、机の上には紙が散乱しているものだが、中国ではほとんどの人の机の上はパソコンと、使い込んだノート一冊だけ。ISO9001的には日本のやり方が多田しいのだろうが、それが本当にベストの選択肢なのかどうかは、正直なところ私にもよくわからない。

その後さらにもう一件、以前から親しくしてもらっている某エリート大学の先生を訪問。中国では案外学歴はモノを言わないらしいが、やはり超エリート校となると別格。歩いてる学生たちもいちいち賢そうに見える(これは半分気のせい)。
その後飯を食ったらもうすっかりいい時間。結局、観光はおろか買い物さえする時間もなし。
いっぱい移動はしたので、北京の街並みは存分に見て来たが、やっぱりこの街は巨大であるが故にとても個性的だ。
北京市の面積は、四国の面積に匹敵する。最初そう聞いて、そりゃあ何かの勘違いだろうと思った。が、本当らしい。
郊外まで含んで1400万人が在住するらしいが、それが四国ほどの面積に点在するのならば、人口密度は東京なんかとは比較にならない。とにかく、ひとつひとつの建物が余裕をもって建てられ、緑が多く、道が広い。例えば丸の内や大手町なんかのイメージに近いが、建物を新たに建てる場合、その土地の40%は緑地にしなさい、という条例か何かがあるらしく、とにかく緑が多い。バンコク並みの大渋滞でも、あれほど排気ガスがひどい気がしないのは、この緑と、余裕のある街づくりの賜物だろう。
もともとは京都さえもがこの街をお手本にしたというぐらい、縦横に整然と並ぶ道路。片側6車線の道路には常に車が流れる。
(いったんここまで)
posted by しんかい at 14:31| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月17日

from Narita to Beijing

毎度。今成田空港におります。出発まで数十分、若干の時間つぶし。
なんと今回、空港を利用して初めて、出国手続きのカウンターに一人も並んでいなくて一秒も待たずに手続きが済んでしまうという事態に遭遇。
で、今から北京に向かいます。もちろん仕事で。
また色々写真とってきてここでご報告しましょう。今回のホテルはネット事情が不明なので、現地から投稿できるかどうかは不明。

今、成田空港のYahoo! Cafeというところで書いているんだけど、こんなの今まで知らなかったよう。パスポートさえ見せれば無料で使えるし、非常に落ち着いた雰囲気なので、航空会社のカウンターにも見劣りしない。まあ飲み物がタダとかいうことはないけど。また次も利用しようっと。
posted by しんかい at 14:16| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月01日

スイカジュース

Watermelon Smoothie

いやーこれについて書き忘れてたとは。この8月にタイに行ったときの写真。このピンクのシェイクっぽい飲み物は、前から私が絶賛しているスイカジュース。正確にはスムージー。
いかにも人工着色料っぽいし味も明らかに甘みを足しているんだが、そんなのはタイでは当たり前のこと。とにかく「スイカジュース」の美味さを堪能して欲しい。スムージーのしゃりしゃりした感じが本物のスイカに似ていて、しかも味は本物のスイカからすっぱさを除いて甘さを足したような、お菓子のような代物。
タイやシンガポールなどではかなり普通にどの店でも飲めたので、東南アジア方面に行く人はきっと接する機会が多いと思う。ぜひチャレンジを。
但し、スムージーということで氷を使っているので要注意。現地の水は、ダメな人は本当にダメなようなので。私はダメだろうがOKだろうが、現地の人が毎日飲んでるものなんだから死ぬはずがないという思い込みで、気にしないようにしている。初めての東南アジアではさすがに色々聞いていたので、歯をみがくのにもミネラルウォーターを使っていたが、だんだんめんどくさくなって普通に水道水を使うようになった。何となくへんな菌とか入ると恐いなーという漠然とした思いから、コンタクトをすすぐのだけはミネラルウォーターを使っている。
確かに旅行中腹を下し気味になることはあるが、毎日スパイシーなタイ料理を食えば、それは当たってなくても腹は下すだろうし、ただでさえ異国を旅行するというストレスのたまる環境に加えて暑さもあって、体調は万全ではない。なので、多少不調になるぐらいはむしろ当たり前。過信して手遅れになるのがいちばんヤバいが、ちょっと腹を下したぐらいで「ああ、どうしよう!」とせっかくの現地の料理を避けてしまうなんてのは愚の骨頂。自分の体を自分がいちばんよくわかってるんだから、行けそうかどうか自分でちゃんと判断して、オウンリスクで冒険しよう。
posted by しんかい at 01:41| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月31日

タイの屋台図鑑

Thai Yatai Zukan

タイに行って以来タイ料理大好きな私であるが、やはりいくら興味があっても、言葉の通じないタイで、屋台に向かうというのはなかなか度胸が要る。そもそもどういう料理なのかがよくわかってない上に言葉も通じないのでは話にならない。せめて、自分の食いたいもののイメージがはっきりしているか、言葉が通じるか、どっちかがあればどうにかなるのだが。
タイ語を習得するのは一朝一夕にできることではなく、その気もあまりないという私にとって、この素晴らしい本の存在は感動的だった。

「タイの屋台図鑑」。
タイに関する雑学本は本当にたくさんある。しかしその大半は旅のエッセイといった感じで、読んでいて面白かったり、先輩のアドバイスとして役にたったりはするが、どうも、適当なものが多い気がしてならない。私だってあと何回かタイに行って、もうちょい時間さえあればあのぐらいの物は書けるよ、という気になる。
しかしこの本は私には何年かけても作れない。ただただ頭が下がる。
まさに図鑑なのだ。何百種類というタイ料理が写真入りで紹介される。しかもそれが、ぜんぶ庶民的な屋台料理なのだ。高級レストランの料理なんて一品たりとも登場しない。数十円から、せいぜい数百円で食える品々ばかり。実際に注文する時はこう言え、なんていうアドバイスもついていて、単なる写真の羅列に終わっているわけでもない。実はこの本を手に入れた後はまだタイに行っていないので実際に試したことはないのだが、次は屋台に行ってみよう!という妙な自信をつけさせてくれた。いざと言う時はこの本を見せて写真とその横のタイ語を指差せばいいんだし。
タイ料理の醍醐味は庶民の屋台だと信じるすべての人にお勧めしたい。
posted by しんかい at 18:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月22日

バンコク鉄道網

Bangkok Train

バンコク市は1兆円以上を投資して本格的に地下鉄/電車網を整備する気らしい。バンコクの自動車渋滞の酷さは語り草になっているので、まあ行政としては当然の施策ではあるのだが。
今はバンコクには高架を走る電車と、先頃開通したばかりの地下鉄が走っている。日本の技術供与のおかげではあるのだが、どちらもかなり洗練されたインターフェースで、たとえばスカイトレインの切符がリサイクル式になっているのは、ちょっと日本も見習ってもいいと思う。地下鉄の切符(トークンという、黒い碁石のようなもの)も当然リサイクルして使ってるんだろうし。
北京の地下鉄はいちいち窓口で切符を買わなきゃいけない上に、改札にも人が立っていて、全然機械化されていないのにはちょっと驚いた。さすがにこれはオリンピックに向けて様変わりしていくのだろう。マニラのスカイトレインでは切符を買うのは窓口(これがやたらと並ぶ)、改札は自動。但し必ず手荷物チェックがあるので、結局人が改札にいる。バンコクは両方自動。

そうそう、それで思い出したが、どうしてマニラってあれほどクドく、公共の場所に入るには必ず荷物チェックが必要なんだろう。それほど治安の悪い街だっけ?テロ対策ということなんだろうけど、ショッピングモール、スーパー、ホテル、電車、といった人が大勢集まる場所は必ず入り口が何カ所かに限定されて、男女それぞれの警備員が立ってて、手荷物の中身を見せて、ボディチェックを受けないと入れないようになっている。
だからマニラの後にバンコクに行ったりなんかすると、そのあまりのユルさに唖然とする。東京も、手荷物チェックなんか受けずにデパートに入れる街であり続けて欲しいな。
posted by しんかい at 02:49| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月31日

MBKのケータイ売り場

MBK CellPhone

バンコクにMBKという巨大なモールがある。モールと言っても明らかに他のモールとは毛色が違う。原宿と秋葉原と上野のアメ横が一緒になったようなものだろうか。各フロアが専門店街になっていて、ひたすら同じような店が並ぶ。巨大なフロアのはじからはじまで、同じような店で埋め尽くされる。例えばケータイのフロアには、3メートル四方ぐらいの小さいケータイショップがずらーっと無限に並ぶ。もちろんそれだけじゃなく、怪しげなゲームソフトを売る店とかもはじっこに並んでいるが、基本的に同ジャンルの店ばかりが固まっている。
ここのケータイショップは、単に携帯電話機を売るわけではない。まず、怪しげな改造をしてくれるらしい。ハード的なプロテクトを外したりとか、もちろん日本人向けに、日本のケータイにもばっちり対応してくれるらしい。それから、番号売り。ゾロ目とか連番とか、覚えやすい番号を、売る。写真で、各店が紙を張り出してるけど、ここには売りに出ている番号が書いてある。好きな番号を選んで買える。しかもこれだけよりどりみどりで。恐るべきタイ。
MBKのこの圧倒的なパワーを見ていると、どんどんパワーを失って“オタクの街”と化している秋葉原との対比が痛々しい。
posted by しんかい at 01:10| 東京 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月29日

バンコクのスーパーマーケット

Bangkok Supermarket

こないだ載せたピカピカの地下鉄駅に続いて、バンコクの近代的な側面をもうひとつ。いや、近代的というか欧米の影響を受けた、というか。
まあヨーロッパ資本の店なんだから当たり前と言えば当たり前なのだが。バンコクのカルフールの中の一角。こうやって広大な売り場を使って、同じ商品をずらーっと並べるのはアメリカのスーパーマーケットを思わせる。日本の、とくに都内のスーパーではなかなかこういうディスプレイはできない。
バンコクではそれほどでもなかったが、マニラでは“まとめ買い度”が凄まじく、レジの進みが恐ろしく遅いのに参った。手から提げるカゴなんかで買い物してるのは私ぐらいなもんで、みんなカートに商品山盛り。中には一人でカートを2台押してる人もいる。
バンコクに限らずシンガポールなんかも、外食が当たり前の文化があるようなので、スーパーでまとめ買いという習慣は、こうして欧米資本の巨大な店と、マスコミの流す情報と共に流入してきた新しいライフスタイル、新しい文化なのだろう。
posted by しんかい at 00:35| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月27日

ドラゴンフルーツ

Dragon Fruit

ランプータンに続いてもういっこ果物ネタ。これも、知らないと、かなり強烈なインパクトだ。白い果肉の周囲が毒々しいまでに赤いこの果物は、ドラゴンフルーツ。アジアだけでなくアメリカ大陸でも穫れるようで、たしかメキシコ・フェアか何かで、これをプロモーションしてるのを見かけたことがある。
果肉は赤い部分まで含めてキウイに似ている。実の中にタネが散らばっていて、それも一緒に食ってしまうところや、実の食感が同じ。ややあっさり気味の味なので別においしくないという人もいるようだ。
これはバンコクのジャスコ(あの日本のジャスコです)で、賞味期限が近くて半額に値下げされてるものをゲット(笑)。ただでさえ物価の安いところで何も... と思いつつ、ちゃんと見てみれば賞味期限は明日の日付。なんだ余裕じゃん。というかお得じゃん。と、気軽に購入。朝まで待てば朝食バイキングで果物なんて食い放題なんだけどね。あ、でもドラゴンフルーツは置いてなかったかな。
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ランプータン

Ranpootan

すごい食い物だ。赤くてもじゃもじゃしていて、ウニのような形状。しかしこの外側の皮をむくと、ライチのような実が現れる。ランプータンという果物だそうで、タイではメジャーらしい。
しかし知らなきゃ食い物だと思わないよな、これ。人が食ってるのを見よう見まねで食い方がわかったが、とりあえず食い物だとわかったところで、どうやって食うものやら、途方に暮れてしまう。実は何のことはない、単にざくっと指をつっこんで皮をむくだけなんだが。
これはタイのホテルでのディナーバイキングにて。
posted by しんかい at 01:45| 東京 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月26日

キウイジュース

Kiwi Juice

見た目は青汁のこの液体は、キウイ・ジュース。マニラのシャングリラ・ホテルの朝食バイキングで。
ここでフレッシュジュースが5種類ぐらい用意されてるんだけど、やっぱり圧倒的人気はマンゴー・ジュースで、時々品切れになっている。たまたまそういう時に代わりにもらってみたのがこのキウイ・ジュース。フレッシュジュースなので味には手を加えず、まあ確かにそのまんまの味だ。
しかし今考えてみるとキウイってフィリピンの果物か?という気もするな。今ちょっとwebで調べたら日本国内でも大量に生産され、むしろ生産過多傾向にあるとか。
http://www1.ttv.ne.jp/〜kiwi/aboutkiwi-1.html
↑入力し直しても勝手に変換されてしまう。「〜」は実際には半角。

その割には日本では見かけないな、キウイ・ジュース。ちょと高級感があってイメージいいのに。
posted by しんかい at 01:25| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月25日

バンコクの地下鉄駅

Bangkok Subway Station

開通したばかりのバンコクの地下鉄、これはHuai Kwang駅。ぴかぴかのガラス張りで、やけにきれい。日本の技術供与で作っただけあって、階段を下っていく光景はやけに見慣れた感じで、特に目新しい感じはしなかった。
7月に開通したばかりなのでまだ観光ガイドなどにはあまり載ってないと思う。それに普通に観光する分にはあまり使わないルートだしなあ。今は開業キャンペーンで、区間に関係なく10バーツだった。通常料金は距離に応じて12〜20バーツぐらいするみたい。
思い切ってもう少し延長して(少しじゃないか)、空港まで行ってくれれば、飛躍的に便利になったのだが。
posted by しんかい at 00:13| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

マニラ ニノイ・アキノ国際空港

Manila Airport

何度か話題に出したマニラのニノイ・アキノ国際空港。
左側にちょっとした食い物の売店や、土産物店。右側に待ち合いロビー、免税店、出発ロビーが渾然一体となった空間。出国審査を通った後は、この空間にすべてのモノが詰め込まれている。全面ガラス張りで、真新しい建物は非常に美しいのであまり窮屈さは感じさせないが、いやしかし無理のある設計である。
ただ、ある程度以上混雑しないのであれば、荷物を抱えてうろうろする利用客にとっては必要最小限の移動距離で済んで、とても有り難い。
posted by しんかい at 00:02| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年08月15日

少しフィリピンびいきになったかも・空港編(完結)

少しフィリピンびいきになったかも・リムジン貸し切り道中編の続き

まもなく着陸というのでここで機内で書くのは中断、今は成田空港のロビー。というか2階の通路脇のベンチ。リムジンバスの出発まで50分もあるというのでお茶でもしようと2階に来たら、喫茶もレストランも9時閉店だとほざく。あほか。国際空港だろ。いいのかそれで。出発ロビーの奥とかに行けばまだ開いてる店はあるのかもしれないし第1ターミナルはもうちょっと栄えてるのかもしれないけど、これはいただけない。しかもゲートを出てからレストランまで、全部の荷物を抱えて端から端まで延々と歩いたのに。
そういえば空港1階の「インターネット」コーナーにはインターネット・キオスクと名付けられた、コイン式の有料端末が2台置いてあるだけなのはとても寒いので何とかして欲しい。シンガポールには有線&無線のインターネット接続エリアがあって、かっこよかったぞ。

前に少し書いたが、マニラのニノイ・アキノ空港のコンパクトさはやっぱり素晴らしい。車で空港に到着すれば、航空会社のチェックインカウンターは目の前。出国審査もその並び。そしてUターンして裏側に行けばもう出発ターミナル。車を下りてから実際に乗り込むまで200メートル歩けば充分だろう。いまレストランまで行って戻って来ただけでも200メートル以上歩いてるぞ。
それにしてもマニラ空港は、設計思想は良かったのだがやっぱりあまりにも小さく作りすぎたようで、出発の待ち合い所と免税店と普通の食い物とか売ってる売店が一体化していて、免税店の客をかきわけながら搭乗口へ向かうような、非常に不思議な構造になっている。利用者にとっては便利だし、アジアらしくて面白いが、せっかく新しく作ったのに、もう既に拡張の余地がないというのは問題だろう。とくに、クアラルンプールにせよシンガポールにせよ韓国にせよ、どんどん空港を拡張してアジアのハブ空港を狙う中で、完全にそのレースから乗り遅れてる、というよりレースに参加さえしていない。

マニラから成田への帰り便は満席。またも2階席だったけど、もうあまり感動もなし。まあ、周囲にうるさい奴もいなかったし。やたら揺れたけど、ここまでの文章を全部書くだけの時間がとれたのでよしとしよう。
けっこうな揺れで、乗務員も席についてる時間がけっこうあったので、サービスがその点落ちてしまったのが不満。満席だからただでさえ忙しかったはずなのに。しかし日本は暑いなあ。というかここの冷房が弱すぎるだけか?こんなんじゃアジア人に怒られるぞ。アジアの冷房の強烈さは色んなところで色んな人が書いているが、とにかく”寒い”と感じるレベルにまでガンガンに冷やす。そして彼らは別に寒がらない(女性は比較的寒がっている模様)。

マニラとの行き来で目を引いたのは、日本人男性とフィリピン人女性のカップル。たいていこういう人たちはものすごく生活感を漂わせている。行きのチェックイン時に私の前に並んでいたのは、男のほうはもう50代ぐらいの感じ。女性は20代だろう。そして、大量の荷物の中に、紙おむつの巨大な塊。アレはただでさえかさばるものだが、それを何パッケージも重ねてヒモでぐるぐる縛って、巨大な塊にしている。
マニラ空港で預けた荷物が出てくるぐるぐるで待っていると、インスタントラーメン5箱とか、サッカーゲーム(でっかいボードゲーム)とか、生活感漂いまくりのアイテムが続々と流れてくる。ああ、色んな人生があるなあ。マニラには現地発行の日本語新聞があって、ホテルで読めたのだけど、40代〜50代ぐらいの男性で、日本での職を捨て、財産を処分してフィリピン人妻と共にフィリピンに渡ったんだけど、金の切れ目が縁の切れ目で捨てられて、言葉もわかんないし地理もわかんないしどうにもならないで助けてくれーと日本大使館に駆け込んでくるオヤジが増えているらしい。60代以上は年金があるからどうにか生きられるが、50代ぐらいは職にもつけずどうにもならないようだ、とか冷静に分析されていた。いや本当に色んな人生があるよな。

時間になってリムジンバスに乗ったらほぼ満席でまたびっくり。こんなに混んでるリムジンバスには初めて乗ったぞ。しかしやっぱり他のどの都市に比べても成田は都心までが遠いよなあ。うっかりロンドンでヒースローから大英博物館近くまでタクシーに乗ってしまって、その料金にぶったまげたことはあったが、成田〜東京で同じ思いをする外国人はけっこういるのではないか。

話の脈絡がないがタクシーつながりということで、マニラのタクシーってのは酷いねえ。もう完全な言い値で。フィリピン人でさえどうにもできないようで、とにかくホテルのタクシーに乗れと言う。バンコクではもうメーターを使うのが定着していて、空港との行き来ぐらいしかふっかけられることはないと思うので、安心してタクシーで移動できるが、ただ彼らにはほとんど英語が通じないので行き先を伝えるのに苦労するということはある。逆にマニラは英語が通じるので行き先を伝えるどころか世間話をしたりもできちゃうんだけど、突然300ペソとかふっかけられたりする。もちろん日本人には300ペソ(600円)なんてタクシー初乗り運賃で端金だが、ここでおとなしく払ってると彼らもつけあがって結局物価が上昇するだけなので、一応粘っておく。20ペソ札を1枚ずつ渡しながら、もうこれ以上は出せないよ、とか言いつつ。なーんてことを、ここ数回の旅行でだいぶ学んだよ。

今回のeラーニング関係のワークショップで、アフガニスタンの人と話したこと。eラーニングによって僻地の子供にも、都市部と均質な教育が提供できるようになる。それはとても重要なことだ。でもテクノロジーに依存しすぎることは危険だ。子供たちは学校という社会生活を通じて、どうやって挨拶をしたり、どうやってみんなと飯を食ったり、どうやってトイレに行くのか、つまりどうやって社会の中で生きて行くのかを学んでいく。この、カリキュラムに決して出てこない、そしてeラーニング化はできない”裏”のカリキュラムが軽視されることは決してあってはならない、と。

ノートPCのバッテリーランプが赤くなってきたので、今日はこのへんで終わりにしよう。
と、結局このバスが池袋に到着したのは12時近く。2時間もバスに揺られていたことになる。葛西〜新木場間のディズニーランド渋滞にはまったのと、帰省ラッシュというやつなのだろう。8時半に成田に着いてるんだから、そこから家まで約4時間。マニラ〜成田の実フライト時間に等しい。さすがにぐったりして最低限の荷物整理だけして、久々にゆっくりと寝た。
posted by しんかい at 12:09| 東京 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

少しフィリピンびいきになったかも・リムジン貸し切り道中編

少しフィリピンびいきになったかも・友達編の続き

仕事のほうは無事に5日間の日程が終了。さすがに5日間、1日8時間以上みっちりと顔をつきあわせ、意見を交わしてきた相手なので、別れは感慨深い。でもみんな同じホテルに泊まってるのでワークショップの会場でしっかり別れの挨拶をした後でホテルのロビーでばったり会っちゃったりするんだけどね。
私はホテルのロビーはおろか帰国日の朝、土産物を買いに行った近所のモールでも、帰りの空港でも知った顔に会いまくりだった。と書いていて思い出した!スーパーでお土産用に買ってきてホテルの部屋の冷蔵庫で冷やしていたチーズを置いてきてしまった!あああ痛恨。さすがにチーズは送ってくれとも頼めないし。残念。
それにしてもよく揺れるな。書いてなかったと思うけど今マニラから成田に向かう飛行機の中。気流がよほどよくないようで、さっきからやけによく揺れる。一度だけみんなが動揺するぐらいふわ〜っと大きく落下した瞬間があったのはちょっとひやっとした。ああいう時って、機内にいるとわからないけど、百メートルぐらい平気で落下したりしてるらしい。それにしてもこんな真っ昼間の便でみんなよく寝るなあ。時差が1時間しかない国どうしで、昼の2時半発の便だぞ。昼寝か?こんなに例外なく全員で寝なくてもいいと思うが。

さて仕事は最終日が終わって、みんなちょっと”卒業”したような気分。その気分のまま、もともと知り合いだったカンボジア人と、ここで知り合ったタイ人と3人で飯を食いに行くことに。このタイ人ってのは40代ぐらいの役人で、前に6ヶ月間マニラに住んでたことがあるというので、基本的には彼にお任せ。カンボジア人も役人だけど30そこそこで、精神的に本当に若い感じ。日頃は縁のないマニラのような大都会に来て浮かれているのかもしれない。
3人でタクシーを拾おうと通りに出るが、なかなかつかまらない。するとホテルのお抱え運転手が近寄ってきて、1時間300ペソでリムジン貸し切りだぞ、どうだ?と言ってくる。これを、日中はとても生真面目で高貴な感じさえただタイ人が値切り始め、結局半額にまで落ちた。
車内では運転手も会話に入って、飯も一緒に食って、4カ国の4人による、不思議に和やかな雰囲気に。本当はタイの役人がいちばん偉くて、カンボジアの役人が次で、次が”客”である私で、最後に運転手、という”偉い順”のはずなのだが、やっぱり日本人というのは何かと有り難がられてしまって、タイ人が妙に配りしてくれる。運転手もかつて日本企業に勤めてて良くしてもらったとかで日本にいい印象を持っているらしく、やけに持ち上げてくれる。日本人に生まれてよかったと思いつつ、ちょっと申し訳ないような気にもなる。地位も、能力的にも上の人たちが、日本人だというだけの理由で私を持ち上げてくれるのだとしたら、これは立派な人種差別だよね。私は努めてみんなと同じように振る舞って、タイ人にリーダー格をお願いするようにリードしたんだけど。

4人でフィリピン料理のブッフェでたらふく食って、タイ人が「ディスコに行ってお姉ちゃんが踊ってるの見よう」と言い出す。おいおいそういうことを言い出すかこの人は。それともこれも”気配り”なのか?
マニラで派手なネオンでディスコを謳ってる店は、実はたいていがディスコ(クラブ)ではないことが今回判明。ステージでお姉ちゃんが踊って、客がそれをお持ち帰りする店なんだなこれが。店に入ってみて、あーこれは違う、と店を出る、というのを3件ぐらい繰り返し、とうとう諦めてそういう店で飲むことにする。オバサンが肩をもみに来たり、女の子が隣に来ると飲み物おごれだの花を買えだの一緒に写真をとろうだのと付随する色んな奴らも一緒について来る。結局女の子たちとおしゃべりして11時過ぎには帰るという健全な(?)遊びで、ホテルへと帰りつく。ここでしゃべった女の子は24歳だと言っていたが、好きな曲は「Don't Give Up On Us」(70年代の全米No.1ヒット)や「The One That You Love」(エア・サプライの80年代初頭のヒット)だそうな。自分がまだ生まれてもいない頃の歌を”好きな曲”としてまず挙げてしまう、これはあの時代感無視のフィリピンのラジオに育てられた証だろう。これはこれで健全だとは思う。

フィリピンのCD屋は妙に新譜の品揃えがショボいような気がするのは、実はこういう文化が背景にあるのではないか。アーティスト毎の棚を見ればちゃんとキーンとかオーディナリー・ボーイズとかも売ってるのだが、店の一番目立つ場所で大きくディスプレイされてるのは80年代物のコンピだったりして。カラオケが好きで、古い曲が好き、という下地があればこそ、アメリカン・アイドルがこれだけウケるのもわかる気がする。他のアーティストはシングルCDなんていっこも売ってないけど、ファンタジアだけは山積みだったよ。
posted by しんかい at 12:07| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

少しフィリピンびいきになったかも・友達編

少しフィリピンびいきになったかも・カラオケ編の続き。

飯を食った後は海岸沿いを少し歩いて、遊歩道沿いにちょっとしたステージをつくって、素人バンドが演奏している野外バーへ。40代のおっさんたちによるだっさいバンドで、50〜60年代ヒットを3人で熱唱するベタベタのステージだったが、リードボーカルが休憩のために交代して、今までバックコーラスシンガーだったひょろっとしたオヤジが登場して空気が一変。ロッド・スチュワートの「Hot Legs」を、ロッド風のハスキーな声で見事に歌ってえらくかっこいい。そして観客もみんなこの曲を知ってる&大好きと見えて、コーラスの「Hot Legs!」や「I love you honey! (じゃじゃじゃじゃじゃーん)」の部分なんか全員で大合唱。いやーなんか幸せな空間だ。マニラ湾からの海風に吹かれ、ビールをあおりながら、ささやかな娯楽に生きる人たちの生活を垣間みる。

バンドは更にもう一人のボーカルに交代。こいつもハスキーボイスだけどもうちょっとドスが効いてる系で、歌い出したのは「What a Wonderful World」。歌いながら客席に下りてきて、2番のコーラスを歌うようマイクを向けたのは、私の隣で飲んでいた、今回連れ出してくれた友人(30代)。いきなりマイク向けられても、私だったら曲自体は知ってても歌詞がわからない。が、彼は普通に歌い始める。しかも巧い。フィリピン人はアジアの黒人だというのは本当か。別にネガティブな意味では全然なくて、ソウルフルなところが。

こないだまでタイにいたので、フィリピン人との対比がとても分かりやすい。タイ人には控えめな奥ゆかしさがあって礼儀正しくて、そこが日本人に親近感をもたれやすいのだと思う。日本人旅行者に圧倒的に人気があるアジアの国はタイだろうし。
一方のフィリピンはアメリカに育てられたせいなのか、あけっぴろげだ。そもそも体格も全然違って、フィリピン人はみんなふくよかな体系をしている。明るいくて楽しいけどうるさいし、おおざっぱ、てな感じか。

バンドの演奏が終わったのでビールを飲み干して、ホテルまで送ってもらう。そういえばこいつらは飲酒運転をいうものを何とも思ってないな。レストランでは本当はビールが飲みたかったけど運転手は飲めなくて気の毒なのでコーラにしておいたのだが、その後平気で飲みやがって。
これはタイでも共通だったが、この人たちは大人でも食事とあわせてコーラを飲むというのがごく普通の行為になっている。コーヒーには砂糖をがばがば入れるし、大人の男でも”おやつ”のお菓子に目がないし、そりゃ太るわな。あ、でもタイ人も同じだな。

帰りはフィリピン人2人の帰る方向が全然違うということで、もともとの知り合い(と言っても一週間前に一度会っただけ)ではなく、彼が連れてきた、初対面のオヤジのほうが送ってくれた。身分もちゃんとしてるし、ここまで一緒に行動してきてちゃんとした人だということはわかってるが、しかし”知らない人”も同然。そんなのと2人で深夜に車に乗って大丈夫か?と世間には心配する人がいると思うが、アジアだから危険、フィリピンだから危険、ということはないと、私は思う。東京でも相手によっては危険だし、相手によっては平気なのと、まったく同じことだ。オヤジと車内カラオケしながらホテルまで送ってもらい、別れてから、ふとそんなことを思った。仕事上直接の関係がある相手ではないので、彼とはもう一生会うことはないかもしれないけど、私の中ではもうすっかり”友達”だ。
posted by しんかい at 12:05| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | アジアネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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