2005年05月15日

「ボロボロになった覇権国家」北野幸伯著

Boroboro.jpg

なんでこんな本買ったんだっけ。
と、読んでいてたびたび思わされた。君達はこんな基礎的なことも知らないでしょうからすべて噛み砕いて、バカでもわかるように書いてあげますよ、という偉そうな態度が随所に感じられて、時々すごく不快になる。
しかし、モスクワの、「卒業生の半分は外務省に、半分はKGBに進む」という外務省付属の大学に留学していたという著者の視点は、確かに鋭い。とくに、西欧とアメリカという、いつも日本人の視線が向いている国ではなく、ロシアと中国を巨大勢力と捉え、戦略的にアメリカを弱体化させようとしている(あるいは弱体化していくのを待っている)という説明はインパクトがある。
小馬鹿にした口調で、何度も話の要点をまとめ直したりしつつ、断定調で語られるので、すっかり騙されてしまう人もいそうだが、話半分と思いつつ読むとけっこう面白かったりもする。田中宇をもっと胡散臭くした感じだろうか。あまり人にお薦めできるような本でもないが、それなりに面白いし、文量が少なくてすぐ読めるので、自分の読書記録という意味もあり、いちおう取り上げてみた。
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「チェチェン やめられない戦争」アンナ・ポリトコフスカヤ

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チェチェンねたは以前も一冊とりあげたが、あれを入門編として読み進めたのがこの本。
著者はロシア人のジャーナリストなので、チェチェンを進攻している側にあたる。それがよくもまあヌケヌケと、と思えなくもないのだが、実際に読んでみるとそんな意地悪を言う気もすっかり失せている。
瓦礫の廃墟と化したグローズヌイに、裏ルートから潜入し、取材だけで終わらず、現地のごく普通の人々の支援をし、軍隊に捕まり、罵声を浴びせられ、放り出される。そんな活動が評価されてロシアのジャーナリスト協会やアムネスティから表彰されたり、02年のチェチェン武装勢力によるモスクワの劇場占拠事件では、交渉役として武装勢力側から指名されたりした。ロシア人としては「話せる奴」だと評価されたということだろう。
チェチェン侵略戦争の背景にうごめく人物や組織について政治的に、そしてもっと泥臭く分析を加えていく後半は、ロシア政界や人脈図について何の前提知識もないとちょっと辛いが、戦時下のチェチェンの一般市民の生活を描いた序盤の重さと、迫力は圧巻だ。「生きる」ということが、どんなに大変なことなのかを、つくづく思い知らされる。

今、別の本を読んでいるが、イスラムがからむと米国や西欧社会はその独立を認めないという。
世界最大のイスラム人口を抱えるインドネシアから、キリスト教国である東チモールの独立を支援しても、カシミールの独立は許さない。クロアチアは許しても、ボスニアは許さない。グルジアの独立は許しても、チェチェンは独立させない。
日本人は欧米人の言うことしか有り難がらないので、反対側の視点から物を見る事ができない。「国際派」のCNNやBBCが報道することが、公平な「世界のありのままの姿」ではない。
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2005年02月12日

「大仏破壊〜バーミアン遺跡はなぜ破壊されたのか〜」高木徹著

DaibutsuHakai.jpg

良書である。
以前アフガニスタン関連本をここで紹介したが、その後もアフガン関連のいい本を探していたら、これが見つかった。NHKのドキュメンタリーを製作している人で、この本もその番組の取材に基づく内容。とても理路整然としていて、情報がすっきり整理されている。
そして、恥ずかしながら、自分の無知を徹底的に思い知らされた。今まであちこちで読み、聞きかじって、それを鵜呑みにしていた自分を、猛省させられた。
例えば、タリバンとアルカイダの関係。タリバンとは、混迷のアフガニスタンを統一し、厳しく統制しながらもひとまずは内戦を集結させ、安定した生活を取り戻した組織だ。アルカイダとは、お馴染みオサマ・ビン・ラディンが率いるアラブ人のテロ組織で、もともとはアフガニスタンのものではない。色々事件を起こして居場所がなく、また、ソ連のアフガニスタン侵攻の際には兵士として戦ったという経歴から、ビンラディンはアフガニスタンに身を寄せた。そのとき、アフガニスタンはタリバンにより統治されており、その最高指導者であるムハンマド・オマルは、ビンラディンを「まあ、問題起こさないでおとなしくしてりゃ居させてやってもいいぞ」程度に、軽くあしらっていた。
しかしやがてビンラディンはその資金力と政治力とカリスマによってどんどん力をつけ、タリバン政権中枢に入り込み、タリバンをすっかり変質させてしまった。
またタリバン政権が設立した「勧善懲悪省」という組織が暴走を始める。イスラムの掟に従わない者を罰するという、我々からは想像のつかない任務を背負った彼らは次第に権力を手にし、政府の中枢にいる役人たちでさえ、勧善懲悪省の管理下に置かれ始める。
タリバン自体は、「世界」に顔を向け、開放する方向に向かおうとしていた。しかし勧善懲悪省が「世界」、すなわちキリスト教が支配する世界との交流を拒み、国民に徹底した節制を強いた。

バーミヤンの大仏破壊は、「偶像崇拝」を禁ずるイスラムの教えがその発端である。もともと仏教徒たちが築いた像だが、今はこの地域には仏教徒は住んでおらず、アフガン全土がイスラム圏である。従って仏像には実質的に「偶像」としての機能はない。そもそもこれまで千年もの間、歴代のイスラムの指導者たちはこの「偶像」の破壊など試みることはなかった。
地元の人々をはじめ、古くからタリバンに関わっている人々も、一般のアフガニスタン国民も、破壊には反対していた。では誰がそれを進めたのか。勧善懲悪省と、オサマ・ビン・ラディンだった。
ビンラディンに進言され、もはや洗脳された状態になってしまったオマルは大仏破壊指令を出した。しかし固い岩盤に掘られた巨大な仏像は、ちょっと戦車で撃ったり、爆薬を仕掛けたぐらいでは表面的な傷を与えるぐらいしかできなかった。タリバンが遅々として破壊に手間取っていると、そこにアルカイダが、ビンラディンに率いられて登場。5トンにも及ぶ爆薬を調達し、大仏を破壊した。

大小2体のバーミヤンの大仏を破壊。その半年後、ニューヨークのツインタワーを破壊。
単に象徴的な意味ではなく、バーミヤンの大仏破壊は、9.11の序章だった。

こういった内容が、関係者の証言や現地での取材に基づき、整然と述べられる。目から鱗の事実が次々に現れる。これほど夢中になって読み進めた本は久しぶりだ。

大仏を破壊するという情報が世界に伝わると、世界は騒然となった。各国の議員や大使がアフガン入りして説得を試みた。アナン国連事務総長まで登場した。もっとも力が期待されたのが、アラビア半島などイスラム教の「本場」から集められた、高名なイスラム神学者たちの「ドリームチーム」だった。
しかしその誰も、勧善懲悪省とビンラディンが後押しするタリバンを押えることはできなかった。
ビンラディンにはその先に続く野望があったのだろうが、勧善懲悪省の役人たちはこう言った。
「アフガニスタンは何年も内戦と、旱魃と、飢饉に苦しんできた。何十万人、何百万人が命を落としてきた。しかし国際社会は我々を無視し、何の救いも差し伸べられなかった。その連中が、大仏破壊と聞くと、血相を変えて我々を説得しようとする。人が死んでいくのは黙って眺めていたが、「文化遺産」が危険にさらされると黙ってられないと言う。そんな連中の言うことを、我々が聞く義務があるか?」
「偶像」である大仏を破壊することが宗教的に正しいと信じる者が、こんな風に考えてしまったら。

これほど重みのある事実が、世間ではあまり広く知られていないことに、改めて驚愕する。どんなにメディアが発達して、便利な世の中になっても、やっぱり真実は自分の探し出さなくてはいけない。
溢れんばかりの情報の中に浸って、誰かが答えを与えてくれるのだという気分でいると、恣意的な情報にミスリードされる。いつの世も、民衆は愚かであり、情報を制するものが、世界を制する。
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2005年02月06日

チェ・ゲバラ 革命を生きる

映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」のヒットのおかげで、最近チェ・ゲバラに関する本が充実している。
チェの本に特徴的なのは、写真や図版をやたら豊富に使った本が多いことだ。これは、チェ本人の性格にもよるものだ。チェは、とにかく記録魔だったらしい。だから、今みたいに何も考えずに気軽にデジカメで撮りまくれるような時代ではなかったにも関わらず、彼は要所要所で写真を撮りまくった。更に、それを受け取った奥さんや、遺された子息たちが、それをきちんと整理し、保存した。だから、写真とか関連資料がやたら豊富なんだそうだ。

KakumeiWoIkiru.jpg

以前もここで写真満載のチェ・ゲバラ本を紹介したが、今回紹介するのはそれよりも更にお手軽な、まさに入門版として最適なもの。写真満載のビジュアルな作りながら、物語風にきちんとチェの人生がわかる作り。文章の量は多くないので短時間で一気に読めるだろうし、「モーターサイクル・ダイアリーズ」のように彼の人生の一部分だけにスポットを当てたものではなく、幼少時代から亡くなるまでを全部網羅している。流石にこの文量だと読み物として面白く盛り上げるには無理があるので、ドラマチックな人生の割にはちょっと淡々としてるようにも感じられるが、まずは基本を押える、という目的ならこれはかなりいい本だ。なぜ、彼はこんなに「偉大な人」扱いされるのか。チェ・ゲバラTシャツを手に入れる前に、最低限このぐらいは読んでおこう。
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2005年01月03日

「マイケル・ムーアへ 〜戦場から届いた107通の手紙」マイケル・ムーア編

To Michael Moore

マイケル・ムーアというのは微妙な存在である。何かこう、独りで政府や巨大企業の悪に立ち向かうヒーロー、みたいな感じで、アメリカには敵も味方も多いだろうし、日本には圧倒的に味方が多いだろう。
私も「華氏911」のような映画を作って多くの人を啓蒙する彼の役割には頭を下げているし、「ボウリング・フォー・コロンバイン」以前の作品は単純に社会派エンターテイメントとして、面白いから好きだ。
しかし、例えば対ブッシュの強硬姿勢にしても、実際には「なんでこれを指摘しないの?」といういちばんイタいところに触れてなかったり、どこか、あと一歩のところでツメが甘い気がしてならない。まあ、その「あと一歩」に踏み込まずにいるからこそ彼はキャリアを絶たれずにいるのだと言えば、そうなんだろうけど。

この本はマイケル・ムーアの名前が前面に出ているが、彼が書いている文章は最小限で、ムーアに実際に宛てられた手紙の文面が大半を占める。世の中にはムーアの作品に対する反論をつらつらと述べる「反ムーア本」なんてのも何冊も出ているが、これは違う。基本的にムーアに同調する人たちからの手紙(というかeメール)だ。

イラクに駐留する米軍兵士。その他世界各地の米軍兵士。退役軍人。そして、兵士を送り出している、残された家族。それぞれの、イラク戦争や今のアメリカに対する想いが語られる。
ほとんどの兵士たちは、当然、最初は自分の直系のボスである合衆国大統領を支持する。だから、ムーアなんてとんでもない小賢しい野郎だと思っている。しかし世間があんまり「コロンバイン」と「華氏911」のことで大騒ぎするし、何だか駐屯地にビデオが送られてきたので、とりあえずビデオを見てみた。それでブッシュ観が、アメリカ観が、人生観が覆された。という人が多い。それだけの衝撃を受けたからこそ、わざわざムーア宛にメールを出そうという気にもなるのだろう。

退役軍人の場合はやっぱり甘ったれた世間知らずの若造どもとはひと味違い、それぞれに味のあることを言う。彼らの章を読んでいると、さすがに胸が熱くなってくる。

自らムーアに対して話しかけ、この本にメールが収録された人々は、決してアメリカ人のマジョリティではない。米軍兵士のマジョリティでもない。この本を読んで、短絡的に「アメリカ人もみんなこう思っている」などと思ってはいけない。
しかし、少なくともムーアはこの本で、映画が人々の人生観に決定的な影響を与え、必要ならば行動を起こさせることができることを示した。ジャーナリストとしての、映画監督としての最高の栄誉だ。だから彼は、自分自身の言葉にはほんの10ページ程度しか割かれていないこの本をマイケル・ムーア名義で出したのだろう。
映画や音楽を愛する私のような者にとっても、この本は「世界を動かした映画」の記録として、忘れ得ぬものである。
同時に、たくさんの「感動」が込められたこの本を読んでセンチメンタリズムに流され、「とにかく戦争は全部悪」「ブッシュは悪」「兵士はかわいそう」「ムーアはすごい」と短絡的に考えてしまってはいけない。これは読者を感動させるためのフィクションではなく、事実の記録である。感動しただけで終わっていては世界は変わらない。これは、読者が自分の頭で何かを考えるための、きっかけであり、ネタでしかない。
posted by しんかい at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」モフセン・マフマルバフ著

Afghanistan

以前少し書いたが、マニラでの国際ワークショップで、アフガニスタンの人と話す機会があった。ITを使う教育に関する内容のワークショップだったのだが、その人にとっては「IT」なんて夢物語のようなものだった。それは言い過ぎにしても、少なくとも彼の国の現状では、まったく現実的な話ではない、という話しぶりだった。

正直なところ私が知るアフガニスタンというのは、80年代にソ連の侵攻を受けたことと、最近アメリカの攻撃を受けたことぐらい。10年に及ぶ内戦、とかいうキーワードを断片的に知っていても、その言葉が本当に意味することをわかっていなかった。
アフガニスタンに関する本を探してもエッセイ集的なものが多く、きちんと彼の国の実情がわかりそうなものがなかなか見つからなかったのだが、この本が面白そうだったので手に取った。

「アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ」というタイトルには、正直言って引く。しかし、この著者がイランの有名な映画監督で、隣国・イラン人としての立場で色々語っているのに興味をもった。

一般の日本人はアフガニスタンの実情なんて全然わからないのと同様に、イランのこともわかっていない。だから、イランという「安定した」「先進国」がアフガニスタンという「貧しい」国を見る、という視点がとても新鮮だった。山岳地帯が国土の多くを占めるアフガニスタンは天然資源も開発されておらず、産油国であるイランとは豊かさがまったく違う。農業にも適さない土地の住民たちは、従って、他に選択肢もなく、麻薬を栽培する。世界に流通するヘロインの8割が、そして世界のすべての麻薬のうち半分はアフガニスタン産らしい。それでもこの国の基幹産業は5億ドルの外貨しか稼ぎ出さない。麻薬自体は幾多の仲買人の手を経て、数百倍の価値を得て、世界へと流通していく。

そんな麻薬や、あるいは衛生状態の悪いアフガン難民が、自国に良からぬものを持ち込むことを嫌うイランにとって、アフガニスタン人は歓迎すべき存在ではなく、単に難民キャンプに押し込めておいた。
しかし反対側の隣国であるパキスタンは、アフガン難民を迎え入れ、彼らを教育した。教育を受けた者はアフガニスタンに帰国して、国を統治した。それがタリバンである。もともと部族社会であったアフガニスタンを統一したタリバンは、厳しい戒律で秩序を求めた。内戦に終止符を打ち、「安定」を国民に与える代わりに、ルールを守ることを求めたのだ。アメリカを筆頭とする「国際社会」は、これを「人権の抑圧」だと解釈した。ここからアフガン侵攻が始まる。もちろんオサマ・ビン・ラディンなんてのは口実に過ぎない。

この本はイランの映画監督モフセン・マフマルバフ氏の口述に近い雰囲気のレポートやスピーチなどを集めたもの。表現が非常に平易なので読みやすいが、内容はとても重い。「隣人」であるイランが、アフガニスタン難民をいかに迎えるべきか。彼の国にいかに接するべきか。タイトルが詩のようなので誤解を与えると思うが、統計的な数字を使いつつ、変に感情論に走ったりせずに冷静に語られているので安心して読める。
一緒にしてはいけないが、これは日本人がフィリピンや中国などからやってくる外国人労働者にいかに接するか、という立場にも少し似ていると感じた。そして、外国のことを学ぶたびに、いつも、もっと日本のことを知り、日本人としてのアイデンティティをしっかり持たなければいけないと、強く思わされる。

著者本人の言葉ではないのだが、引用されている言葉が鮮明に頭に残っている。スターリンの言葉。
「一人の死は悲劇だが、100万人の死は統計に過ぎない」
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2004年11月30日

チェチェンで何が起こっているのか 林克明/大富亮 著

Chechen De Naniga

チェチェン紛争というのは、どうもよくわからない。
ロシアでは、血なまぐさい大規模な事件が相次いでいる。
劇場占拠事件。武力解決で、ロシア人の民間人に大量の犠牲が出た。これは、はっきりチェチェン・ゲリラの犯行だったようだ。
2月モスクワの地下鉄爆破事件
8月にモスクワ発の旅客機2機が、ほぼ同時に墜落した事件
9月の学校占拠事件
これらに比べると比較的地味に報じられたが、5月にはチェチェンの隣のイングーシで警察署襲撃事件が起き、100人近くが亡くなっている。
たくさんの人が亡くなったが、誰が犯人なのかいまいちわからない。もちろん、チェチェンの武装勢力がらみだと言われてはいるけど、それをすんなり鵜呑みにするほど我々もウブではない。

一体何が起きているのか。
ずばり解決してくれそうなタイトルの本を本屋で見つけたので、手に取ってみた。非常に平易に、チェチェンの様子がわかった。良書である。学術的に云々ではなく、現地での人と人との触れ合いを描き、彼らから得た情報や、学んだことが述べられる。そして何より、ジャーナリストである筆者が自らチェチェン取材を試みるが、それがいかに困難であるかを記すことで、なぜ我々にチェチェンの情報が充分に伝わってこないのかが浮き彫りになる。徹底した情報統制が行われているのだ。

日本に暮らしていると、どんな情報でもインターネットで手に入る世の中になってしまった、なんて考えがちである。しかし、世界にはまだまだインターネット普及率1%未満の国がいくらでもある。
インターネットは基本的に「電話線」があることが前提である。それがない地域には、いくらパソコンを送り込んでも無力である。
パソコンを贈ってくれるのは有り難い。でもその前に、学校に電気と電話を通して欲しい。そう訴える学校は、途上国の非・都市部では珍しいことではない。
前にこのblogで書いたが、先般、アフガニスタンの人と話した時に、彼は「皆さんの議論はたいへん結構で、勉強になるが、我が国はまずインフラの復旧が第一である」と言っていた。チェチェンは、同じか、もっと酷い状況なのだろうと思う。
そうなると、その地域と他の地域での情報の流れは、人間によってのみ伝えられることになる。ロシアは、チェチェンとの国境警備を厳しくし、ジャーナリストはおろか、国際機関の人道支援目的の入国でさえ認めていないらしい。だから、チェチェンの惨状は伝わってこない。たまに漏れ伝わってくるのは、ウラの手を使って命からがらに潜入したジャーナリスト、或はチェチェンから出て来た人。どうしても「個人」が「ウラで」隠し撮りのように持ち出してきた写真。だから、報道機関はそれらをニュースソースとして大々的に扱うことはないし、国際社会の注目度も低い。はっきりと事実が記録された写真よりも、プーチン大統領が「チェチェン人が怪しい。根拠はないけど」と言ったほうがよほど国際的に広く報じられ、それが信じられてしまうのだ。

チェチェン問題そのものについてはまだ、もう何冊か本を読んで勉強してから触れることにしたい。とりあえず入門版としていい本だと思うので、ご紹介しておく。
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2004年07月28日

ラーマ

帰宅後何を見るでもなく、なんとなくテレビのスイッチを入れる。ディスカバリーチャンネル。あまり真面目に見てるわけでもないのでよくわからんが、宇宙に生物が存在する可能性、みたいなのをやっている。この手のネタでかならず登場するのが、木星の衛星、エウロパ。百何十キロに及ぶ氷の下には海があり、そこには生物がいる可能性が高い、らしい。
それを知ったのは、アーサー・C・クラークの小説で、だった。「2001年」などの著者であるこの人は単なるフィクション作家ではなく、その作品は確かな知識に基づいている。彼が小説で描いたコンセプトが、実は事実だった、と後から判明したとか、彼が小説の中で提示したアイデアが後からNASAによって実現されたとか、そういう話はいろいろ聞く。
そんな彼の作品の中でも大好きなのが「ラーマ」シリーズ。半端じゃない規模の超巨大宇宙船、そこに迷い込んだ地球人が知性をもつ宇宙人と交流していく、という、まあ荒唐無稽と言ってしまえばそれまでの話なのだが、そのスケールの大きさと、想像力の豊かさには舌をまく。宇宙船の中が高さ数kmで、中に雲が発生したり雷が発生したり、ってなぐらいだからあまりにもスケールが大きすぎて、今まで映画化なんてとてもできなかっただろうけど、これだけCGが一般的になった今なら、できるんじゃないかと期待している。
ああもう2時だ。明日は健康診断だというのに。さっさと寝なきゃ。
posted by しんかい at 02:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月15日

Che Handbook(チェ・ゲバラねた)

Che Handbook Cover

立派な本である。
チェ・ゲバラの人生を紹介しつつ、彼自身が綴った詩なども散りばめられた400ページ余り。ほとんどの見開きページに写真が1枚ずつあるので、写真200点余り。このボリュームで1900円という値段は破格だと思う。
英語版が出ているのを渋谷タワレコの本屋で眺めて、ちょっと欲しいなーと思っていたが、買わないでよかった。日本でこんなに安く出してくれるなんて感謝感謝。実はなんとなくこの本は定価3800円だと頭の中で決め付けていたので、もう1冊1600円ぐらいの本と一緒にレジに持っていって3000円台だと告げられた時には「やけに安いな」と思い、店を出て歩きながら「もしやあの姉ちゃん会計打ち間違えたか?ひひひ」などと思っていたのだが、後でちゃんと確認したらこの定価だった。

10年ちょっと前、スパイク・リーが「マルコムX」をヒットさせ、マルコムがブームになっていた頃、「社会活動家の顔や名前をプリントしたTシャツを、第三国の若者が進んで着たがるなんてマルコムぐらいではないか」という文章を書いた。が、その時はこの人のことを忘れていた。チェ・ゲバラ。彼の肖像画というかポートレートをあしらったTシャツの流通量には、マルコムもまったく敵わないだろう。
関係ないが最近ホーおじさん(ホー・チ・ミン)Tシャツというのも見つけてちょっと気になっている。ちょうどベトナムに行く直前だったのでこんなのに3000円も4000円も出してられるか。ベトナムで数百円で買ってくるぜ、と意気込んで出かけたものの、ベトナムでは超ハードスケジュールでそんな買い物をしてる余裕もなく。
あんまり見た目がかっこいい代物でもないので、やっぱり高い金出して買う気にはならないんだけど。

まあそんなわけでファッション・アイコンともなっているゲバラ。彼の人となりや、彼がどんな偉業を残したのかを、きちんと知る人はどのぐらいいるのだろう。歴史の授業できちんと習うような人でもないし、決して我々にとって身近な人でもない。自分から進んで求めない限りは、あまり情報は入ってこないのではないか。特に、我々が外国の文化・風習を知る際の最大の窓口であるアメリカが、彼らの偉業を黙殺している以上。

が、ゲバラに関する本はたくさん出ている。伝記っぽい映画も、先ごろDVD化された。知ろうと思えば、情報はたくさんある。あとは知ろうと思うかどうか。本人の意思の問題だ。この本はきっと「小難しい本は読む気しない」という人々も気軽に手を出せると思う。ゲバラTシャツを着るのは、この本に目を通して、凄い人なんだな、と自分の頭できちんと理解してからでも遅くない。
posted by しんかい at 16:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(3) | 本ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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