前にも書いたが私の仕事は役所関連なので、どこかの国に行くとしてもほとんど首都、すなわちその国の政府機関がある都市に限られる。だから中国に行くと言っても上海に行く機会はないし、ベトナムに行ってもホーチミンに行く機会はない。ハノイである。
まず、空港に降りたって、驚いた。国際空港だというのに、荷物が出てきてぐるぐる流れるあのベルトコンベアーが、ひとつしかないのだ。バンコクやマニラなんかに比べて格段に小さい街だということは聞いていたが、まずここで実感。
空港内の両替カウンターでベトナム通貨のドンに換金。ベトナムではかなり普通に米ドルが使えると聞いていたので米ドルは予め用意してきて、ドンは3000円分ぐらい換金すれば充分だろうと思ってたのだが、カウンターのお姉ちゃんが「これだけでいいの?3000円はLittle Moneyよ」などと口を挟んでくるのが微笑ましい。この国にはまだいい意味の田舎臭さがある。北京の空港で人民元を放り投げるように返されるのとは対照的な対応だ。
タクシーに乗り、ホテル名を告げる。まあたいていの都市では空港は街はずれにあるので、車がいきなり真っ暗な田舎道に突入しても別に驚くことではない。面白いのはこの国の交通ルール?だ。道を走っている車のうちタクシーはかなり高級な部類で、トラックやらバイクやら、たいていはタクシーよりのろい。で、二車線の幹線道路では彼らを追い抜いていくのだが、抜くほうのタクシーは決して車線を変更しない。のろい車の後ろにぴったりついて、これみよがしにウインカーをちかちかさせる。つまり「どけ」とメッセージを送る。すると前の車はしぶしぶと(?)車線変更するのだ。すごい俺様ルールだ。
ハノイの町並みはなんとも個性的だ。フランス領だったこの地は、食い物のほか建築物にもその影響が色濃い。普通の家が、いちいちやけにオシャレな作りなのだ。アジアの他のどの国とも違う、実に独特な光景だ。どう見てもアジアな田園風景の中に並ぶ、古びたヨーロッパ風の建築物群。何十分も見飽きずに車窓から町並みを眺めていたが、なんだか気のせいかだんだん道が細くなってくる。おいおい街の中心に向かうはずだろ。普通逆じゃないか?もしやこの運転手怪しい奴か?
と、突如、あまりも場違いな、近代的な高層ビルが現れる。どこからどう見ても浮いているそのビルが、ハノイでいちばん高い建物だという、私の泊まるホテルだった。ホテルに入ると宿泊客は欧米人ばかり。私は欧米人よりも東南アジア人にはるかに親近感を感じているが、ベトナム人のタクシー運転手から見れば、私は、彼らの仲間というよりは、欧米人の仲間なのだろう。
ハノイ空港から市内へのタクシーは10米ドル均一らしい。乗り場でそういうカードを渡されるのだが、「長距離の場合は相談」などと書いてある。恐いなあこのアバウトさ。
残念ながらハノイではまったくゆっくりする時間がなく、夜10時過ぎにホテルに到着し、その翌日にはもうチェックアウト、夜にハノイを発つという日程。せっかくのいいホテルを全然満喫できなかったので残念... と思っていたのだが、この前にいたバンコクのホテルが素晴らしすぎたので、こちらではあまり未練がなかった。バンコクのプラザ・アテネはちょっと高いけどサービスもその美しさも素晴らしいのでお薦め。前に泊まったヒルトンのゆったりした、浮世離れした格調高さも捨てがたいけど、今の大都会バンコクを象徴するのはむしろここ数年に建てられた、キラキラの高層ホテルだろう。
ハノイに話を戻して。
一晩明けて、現地の政府、大学の人とミーティング。しかしこれがもう気さくな人たちばかりで、打ち合わせも早々に昼飯へ。街の中心部とは反対方向にガンガン突き進み、いったいどこへ行くのかと不安にさせられたが、湖沿いの掘っ立て小屋のような飯屋に到着。この湖のタニシが名物らしい。どんぶりいっぱいのタニシと、ただの三角形の金属片を問答無用で与えられる。この金属片でタニシをほじくりだして食う。ほとんど味付けらしい味付けはない。最初は何だか生臭くてお付き合いで食ってたのだが、なぜだか途中から違和感がなくなり、普通にどんどん食えるようになった。これは不思議な食い物だ。「日本人も食べるでしょ」と聞かれてついつい「Yes, but very long time ago」などと答えてしまった。
ベトナム料理はフランス料理の影響を受けているとも聞くが、少なくとも私が食ったいかにも現地っぽい食事は、「淡泊」がキーワード。素材の味がそのまま最大限に活かされているという点では、日本食に通じるものもあるかもしれない。激しく辛く、甘く、すっぱいタイ料理をたらふく食った後にはちょっと淡泊すぎたが、こんなに近い国どうしでこんなに料理が違うというのも面白い。今カンボジアの本を読んでいる。タイとベトナムに挟まれ、翻弄されたこの小国の運命に色々と思いを馳せつつ、それぞれの国の食い物や、街の風景を思い出しつつ。